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東京地方裁判所 昭和50年(ワ)219号 判決

原告(反訴被告) 田中よし

原告 田中満穂

〈ほか三名〉

右原告(反訴被告)ら訴訟代理人弁護士 石井正春

被告(反訴原告) 田中新一

右訴訟代理人弁護士 田口康雅

主文

一  被告の原告田中泰穂・同田中満穂・同田中優穂・同渋江幸子に対する東京法務局所属公証人小保方佐市作成昭和四二年第二五九〇号金銭消費貸借契約公正証書に基づく強制執行は、故田中長松の相続財産を超える限度においては許さない。

二  原告田中よしの請求及び同田中泰穂・同田中満穂・同田中優穂・同渋江幸子のその余の請求をいずれも棄却する。

三  反訴被告は反訴原告に対し、訴外中村勇が反訴原告に対して金六〇万円を支払うのと引換に、右訴外人に対する別紙物件目録(一)及び(二)記載の各建物についてそれぞれなされている別紙登記目録(一)及び(二)記載の仮登記に基く各本登記手続をなすべし。

四  反訴被告は反訴原告に対し、別紙物件目録(三)ないし(六)記載の不動産の各反訴原告所有権登記済証書を引渡すべし。

五  訴訟費用は本訴・反訴を通じてこれを五分し、その三を原告(反訴被告)田中よしの、その一を被告(反訴原告)の、その余を田中よしを除くその余の原告らの負担とする。

六  本件につき当裁判所が昭和四九年一〇月一九日になした強制執行停止決定を取消す。

七  この判決は、前項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  本訴請求の趣旨

1  被告の原告らに対する東京法務局所属公証人小保方佐市作成昭和四二年第二五九〇号金銭消費貸借契約公正証書に基く強制執行は許さない。

2  被告は原告田中よしに対し、金六六〇万円及びこれに対する昭和四九年八月二三日からその支払の済むまで年五分の割合による金員を支払うべし。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決並びに第2項につき仮執行の宣言を求める。

二  本訴請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決を求める。

三  反訴請求の趣旨

1  主文第三項、第四項と同旨。

2  訴訟費用は反訴被告の負担とする。

との判決並びに主文第四項につき仮執行の宣言を求める。

四  反訴請求の趣旨に対する答弁

1  反訴原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は反訴原告の負担とする。

との判決を求める。

第二当事者の主張

一  本訴請求の原因

1  原・被告間には左記の公正証書(以下「本件公正証書」という。)があり、右公正証書には原告らの被相続人亡田中長松(昭和四七年五月三〇日死亡)及び原告田中よしが被告に対し、連帯して左記の債務を弁済することを約した旨並びに債務者らが右弁済をなさないときは直ちに強制執行を受けても異議のないことを認諾した旨が記載されており、よしに対する執行文並びによし及びその余の原告らに対する承継執行文が付与されている。

東京法務局所属公証人小保方佐市作成昭和四二年第二五九〇号金銭消費貸借公正証書

債権者     被告

連帯債務者   亡田中長松及び原告田中よし

借入金     金八八〇万円

弁済期     昭和四三年一一月一日

期限後の損害金 日歩五銭

2  亡長松の妻であったよし及び子であったその余の原告らは右長松の相続につき、東京家庭裁判所昭和四七年(家)第八一二九号限定承認審判事件によって同年八月三〇日にその限定承認申述は受理され、よしはその相続財産管理人に選任され、同年九月七日附官報で同日より二箇月以内に債権請求の申出をなすべき旨の催告付債権除斥の公告をなした。

3  被告は右債権請求の申出期限である同年一一月七日を徒過した。

よって原告らの被告に対する長松からの相続債務は消滅した。

4  よしは本件公正証書上連帯債務者となっているが、これは長松がよしの印を冒用し、無権限でよしを代理してなしたものであって、よしは被告に対する本件公正証書上の債務を負ったことはない。

5  被告は、昭和四九年八月二〇日、本件公正証書を債務名義として当庁昭和四九年(ル)第二六九一号・同年(ヲ)第五六一〇号債権差押及び転付命令事件によって債権差押転付命令を得、よし名義の左記債権に対して差押・転付の強制執行をなして前記命令正本は同月二二日に各第三債務者に送達され、券面額合計六六〇万円の同債権を取得した。

(一) 金一六〇万円

よしが第三債務者中村勇に対して有する建物売買の残代金債権。

(二) 金五〇〇万円

よしが第三債務者株式会社東京都民銀行(上石神井支店扱)に対して有する預金債権。

6  本件公正証書は、第2項及び第3項記載の事実によって既に失効し、かつ第4項記載の事実によって無効なものであるから、被告が取得した前項記載の六六〇万円は不当利得となる。

7  よって被告に対し、原告らは第2項及び第3項記載の事実に基づいて本件公正証書の執行力の排除を求め、並びによしは第6項記載の事実に基づいて前記不当利得金六六〇万円及びこれに対する右不当利得の翌日である昭和四九年八月二三日からその支払の済むまで民法所定の年五分の割合による法定利息の支払を求める。

二  本訴請求の原因に対する認否

1  第1項は認める。

2  第2項中、原告らの身分関係は認めるが、その余は不知。

3  第3項の前段は認めるが、後段は争う。

4  第4項は否認する。被告はそれまでにもたびたび長松に金銭を貸付けたがその弁済が滞りがちであったので、長松から新たに申入のあった前記八八〇万円の貸付を渋っていたところ、よしは被告に対して連帯債務者となることを約し、長松がよしを代理して公正証書の作成委任をなすことを承諾したもので、弁済期日を昭和四三年一一月一日、利息を年一割、期限後の損害金を日歩五銭と定めて長松及びよしに金八八〇万円を貸付け、その旨の公正証書を作成したのである。

5  第5項は認める。

6  第6項及び第7項は争う。

三  本訴被告の抗弁

原告らは前記限定承認の際、被告が長松に対して請求の原因第1項記載の債権を有していることを知っていた。

従って被告は民法第九二七条第三項によって準用される同法第七九条第二項にいう「知レタル債権者」に該り、除斥されることはない。

四  右抗弁に対する認否

否認。原告らは被告から昭和四九年八月に強制執行を受けるまで原告が長松に対して有しているという債権の存在を知らなかったものである。

五  反訴請求の原因

1  反訴被告は昭和四八年一二月一七日、訴外中村勇に対して別紙物件目録(一)及び(二)記載の建物を代金合計二五〇万円で売渡し、代金内金九〇万円を受領するとともに、別紙物件目録(一)及び(二)記載の建物についてそれぞれ別紙登記目録(一)及び(二)記載の各仮登記をなした。

2  反訴原告は反訴被告に対し、本件公正証書を債務名義として本訴請求の原因第5項(一)記載の債権(前項記載の売買の残代金債権と同一のものである。)を差押えてその転付を受け、訴外中村からその内金一〇〇万円を受領した。

3  訴外中村は反訴被告から第1項記載の仮登記の各本登記手続を受けるのと引換に、反訴原告に対して前項記載の被転付債権の残額六〇万円を支払うべきところ、反訴被告は本訴において本件公正証書の無効を主張しており、訴外中村に対する右本登記手続を行わないおそれがある。

4  反訴原告は別紙物件目録(三)ないし(六)記載の各不動産を所有しているが、長松が昭和四〇年一〇月二〇日、訴外石神井農業協同組合(以下「訴外組合」という。)から金五〇〇万円を借受けるに際して右不動産をもって物上保証し、その登記済証を長松を介して訴外組合に預託した。

5  反訴被告は昭和四八年六月九日、訴外組合に対する長松の右借入金債務を完済し、訴外組合から前記不動産の登記済証の返還を受けた。

6  よって反訴原告は反訴被告に対し、第1項ないし第3項記載の事実に基いて、訴外中村が反訴原告に対して金六〇万円を支払うのと引換に同訴外人に対して別紙物件目録(一)及び(二)記載の建物に対してそれぞれ別紙登記目録(一)及び(二)記載の各仮登記の本登記手続をなすことを求め、また第4項及び第5項記載の事実に基いて、別紙物件目録(三)ないし(六)記載の各不動産の登記済証を引渡すことを求める。

四  反訴請求の原因に対する認否

1  第1項は認める。

2  第2項中反訴原告がその主張する債権を差押えて転付を受けたことは認める。但しこれは本訴請求の原因第1項ないし同第6項記載の通り、反訴原告の不当な利得である。

3  第3項は否認する。

4  第4項中、反訴原告がその主張にかかる不動産を所有していること及び長松が訴外組合から借入をなしたことは認めるが、その余は否認する。反訴原告は右借入に際して長松と共に債務者であった。

5  第4項は認め、第6項は争う。

五  反訴被告の抗弁

1  反訴被告はその余の本訴原告らと共に昭和四八年六月九日、長松及び反訴原告の訴外組合に対する借入金債務元利合計八〇五万一五四七円を弁済したので、共同債務者であった反訴原告に対して右金額の二分の一である金四〇二万五七七三円の求償債権を取得した。

2  反訴被告及びその余の本訴原告らが長松から相続によって承継した財産から長松の反訴原告に対する債務の弁済として支払うべき金員は、本訴請求の原因第2項記載の限定承認によって、別紙計算表(一)記載の通り金一二八万八〇三四円となるから、前項記載の債権からこれを控除すると結局、反訴被告及びその余の本訴原告らは反訴原告に対し、金二七三万七七三九円の支払を請求できることになる。なお仮にこの他に反訴原告が長松に対して債権を有していたとしても、本訴請求の原因第2項及び第3項記載の事実によって既に失効しているものである。

3  反訴原告は訴外組合からの前記借入に際し、長松の共同債務者及び物上保証人として長松との間に双務契約関係ないしこれに準ずる関係を有していたのであるから、反訴被告は反訴原告の前項記載の債務の弁済と引換でなければその主張する登記済証の反還に応じられない。

4  また第2項記載の反訴原告に対する求償債権は反訴原告の主張する登記済証に関して生じた債権であるから、その弁済を受けるまでは右登記済証の引渡を拒否する。

六  抗弁に対する認否

1  第1項は否認する。反訴原告は訴外組合に対しては単なる物上保証人であって、長松と共に共同債務者になったことはない。

2  第2項も否認する。反訴被告の主張する計算内容は、反訴原告の長松に対する本件公正証書上の債権の約定利息・遅延損害金並びに反訴被告が長松に対して有していた左記の債権をいずれも無視するという誤りがある。

(一) 金一五〇万円

但し長松の経営する訴外東京宅地開発株式会社の不動産事業費等として昭和三九年二月二一日頃、訴外東京三協信用金庫から借入れた金員を融資したもの。

(二) 金九〇〇万円

但し右(一)同様の目的で同年六月一〇日頃、(一)同様に融資したもの。

(三) 金七八一万円

但し(一)同様の目的で昭和三九年四月一一日頃から同年一一月一九日頃まで四回にわたり、訴外太平信用金庫から借受けた金員を融資したもの。

(四) 金五〇〇万円

但し(一)同様の目的で昭和四〇年三月一二日、長松が訴外太平信用金庫から右金員を借受けるに際してその保証人となり、昭和四四年八月二七日に長松に代わって弁済したため、長松に対して取得した同額の求償債権。

なお、よしは長松の相続手続にあたっていた頃、これらの債権の存在を知っていたものである。

3  第3項及び第4項は否認する。

第三証拠関係≪省略≫

理由

第一本訴請求について

一  請求原因1の事実は当事者間に争いがない。そこで、まず本件公正証書の成立の経緯から検討するに、≪証拠省略≫によれば、以下の通りの事実を認めることができる。

1  昭和四二年一〇月頃、訴外東京宅地開発株式会社(以下「訴外会社」という。)の経営者であり、被告の叔父にあたる訴外亡田中長松が被告方を訪れ、他の借金の穴埋に使うとして金七~八〇〇万円の融資方を申込んだ。被告はこれまで長松に対し、訴外会社の事業資金等として数回にわたって他から融通した一八三〇万円余を貸付けたり、長松が金融機関から金五〇〇万円を借受けるに際してその保証人になるなどして金融の便宜を図ってきたところ、その時までに右貸付金のうち一五〇万円余の返済が得られたに過ぎないので、長松に新たに貸付をすることを渋っていた。

2  同月末頃、長松は妻である原告よしを同道して再び被告方を訪れ、今回の借入については公正証書を作成する上、よしが保証人となるためその返済に不安はないことを強調し、よしもこの旨を確約したので、被告は資産のあるよしを信用し、また訴外会社が倒産するようなことがあってはこれまでに貸付けた前記の金員の返済も受けられなくなると考え、更に長松の一家にとって本家にあたる家の者としての立場もあってこれに協力することにし、その所有する土地を他に処分して八八〇万円の金を工面した。

3  同年一一月二日、被告は前記約旨に従い、消費貸借契約を公正証書にするために長松方を訪れたところ、よしは一切を長松に任せてあると言ったので被告はこれを了承して長松と二人で公証人役場に赴き、ここでよしの代理人を兼ねる長松との間で右両名を連帯債務者とする消費貸借契約を締結して金八八〇万円を貸付け、また右長松は不履行の際直ちに強制執行を受けることを認めて本件公正証書が作成された。

以上の事実を認定することができ(る。)≪証拠判断省略≫

すなわち原告らがその成立を争う乙第一号証(本件公正証書)のよし名義部分はよしから授権された長松を代理人として真正に作成されたものであり、よしは長松と共に被告に対して前記八八〇万円借入の連帯債務者となったのであるから、被告のよし名義の財産に対する強制執行はもとより適法なものであって、よし自身が被告に対して前記債務を弁済すべき義務を負っている以上、長松の相続人としての限定承認の効力の如何に拘らず、本件公正証書の債務名義としての執行力を排除し、或いは被告が既に弁済を受けた部分についてその返還を求め得べき道理は存しない。従って原告らの本訴請求はよしに関する限り失当であることが明らかである。

二  次によしを除くその余の原告らの本訴請求について判断する。

長松が昭和四七年五月三〇日に死亡し、よし以外の原告らが長松の子として妻であるよしと共に長松の権利義務を相続によって承継したことは当事者間に争いがなく、その相続分は各六分の一となることが明らかである。

而して≪証拠省略≫によれば、原告らはその主張通り、長松の相続につき同年八月三〇日に東京家庭裁判所に限定承認の申述をなして、よしはその相続財産管理人に選任され、同年九月七日付の官報をもって債権届出の公告をなしたことを認めることができる。従って長松の相続人として限定承認をした原告らは、相続財産をもって相続債務を弁済する義務のみを有するところ、被告が前記公告の債権届出期間内にその債権の届出をしなかったことは当事者間に争いがない。もっとも前項記載の事実及び長松の死後、被告がたびたび原告方を訪れ、本件公正証書等を示してその債務の弁済を督促していた事実(これは≪証拠省略≫によって認められる。)によれば、長松の相続財産管理人であったよしにおいて被告が本件公正証書に基く債権及び長松に対して主張していたその余の諸債権を有していることを知っていたものと認めることができるから、被告の右債権も除斥されることはない。しかしながらよし以外の原告らに対する関係では前記限定承認によって、長松の相続財産の範囲内においては本件公正証書に基く債権もその執行力を排除されることはないものの、これを超える部分についてはもはや右債権を行うことができないものとしなければならない。従ってよし以外の原告らの請求はこの限度において理由があることになる。

第二反訴請求について

一  反訴被告が昭和四八年一二月一七日に別紙物件目録(一)及び(二)記載の建物を代金合計二五〇万円で訴外中村勇に売渡したこと、その内金九〇万円を受領して右建物につき中村を権利者とする所有権移転請求権仮登記を了したこと及び反訴原告が本件公正証書を債務名義として反訴被告の残代金債権を差押えその転付を受けたことについては当事者間に争いがなく、また≪証拠省略≫によれば、その後反訴原告は訴外中村から右残代金債権中一〇〇万円の弁済を受けたことを認めることができる。

従って中村は反訴原告に対して更に残金六〇万円を支払う義務があり(反訴被告はこれが反訴原告の不当利得になると主張するのであるが、「第一 本訴請求について」において認定した通り、反訴原告は反訴被告に対して金八八〇万円の債権を有していたのであって、その債務名義である本件公正証書に基いて反訴被告の中村に対する前記債権の転付を受けたのであるから、反訴被告の右不当利得の主張に理由のないことは明らかである。)、反訴被告は前記建物の買主である中村に対して建物の売主として前記仮登記の本登記手続をなすべき義務がある。而して右両者は共に反訴被告・中村間の前記建物売買契約から生じたものであって、同時履行の関係に立つ。ところで反訴被告は本件公正証書の効力を争っているのであるから、中村に対して代金の支払を受けられないことを理由に前記建物の仮登記の本登記手続を拒むことができ、また中村は反訴原告に対して反訴被告から右本登記手続を受けていないことを理由にその残代金の支払を拒む可能性がある。してみれば反訴原告は前記残代金債権の転付を受けながら(反対給付にかかる債権であるからといって券面額が一定した債権と見得ないわけではないから、その転付は有効と解すべきである。)、中村が右抗弁を有する限りこれに対する債務名義を得ることもできず、また仮に中村が反訴被告に対して前記本登記手続の請求をなさないとすると反訴原告は前記残代金を収受することができないまま進退に窮することになりかねない。従って本件の場合には反訴原告が右残代金債権を保全するためには、中村に代位して反訴被告に対する前記仮登記の本登記手続請求権を行使するほかはないのであって、このような場合には債務者である中村の資力を云々するまでもなく、債権者代位権の行使が許されると解するのが相当である。よってこの点に関する反訴原告の主張は理由がある。

二  次に反訴原告の別紙物件目録(三)ないし(六)記載の各不動産の各登記済証の返還を求める請求について判断するに、≪証拠省略≫によれば、長松は昭和四〇年一〇月二〇日、訴外組合から金五〇〇万円を借受け、その際反訴原告及び反訴被告はその保証人となり、更に反訴原告は右訴外組合の債権の担保のため、その所有する別紙物件目録(三)ないし(六)記載の不動産に抵当権を設定してその登記済証を訴外組合に寄託したこと並びに反訴被告が昭和四八年五月二八日、長松の保証人として前記借入金の同年六月一〇日までの元利合計八〇五万一五四七円を弁済したことを認めることができる。而して右弁済により、反訴被告が訴外組合から前記不動産の各登記済証の返戻を受けたことは当事者間に争いがない。

反訴被告は、前記乙第六号証の三(金円借用抵当権設定契約証書)の「債務者兼保証人 田中新一」の記載を捉えて反訴原告は保証人ではなく共同債務者であると主張するが、およそ債務者が保証人を兼ねることはあり得ないから右の記載中「債務者」とあるのは誤記と思われるし、また前記乙第六号証の一・二の各記載に照らしても反訴原告は単なる保証人であったと解される。同様に右乙第六号証の一・二に「保証人」と記載されていること及び前記乙第六号証の三に「田中長松」の上には「債務者兼担保提供者」と、特に「担保提供者」である旨を示した記載があるにも拘らず、反訴原告の所にはこのような記載がないことからすると、反訴原告は物上保証人であったとする反訴原告の主張も採用できない(但し保証人又は物上保証人のどちらと解しても、後述する反訴被告の代位に対する反訴原告の地位は同一である)。なお前記乙第六号証の三のように正式に作成された消費貸借契約書において、反訴原・被告はいずれも単に「保証人」としか記載されていないのであるから、右両名は債務者長松の連帯保証人ではなく、分別の利益を有する単純な保証人であると解すべきである。

もっとも保証人の場合であっても、一人の保証人が債務の全額を弁済したときには、(その負担額以上の部分については、本来これを弁済すべき義務を有しないのであるから)他の保証人が利益を受けた限度においてこれに対して求償することができ、また保証人は弁済によって当然債権者に代位するのであるから、本件においても反訴被告は右求償債権の限度において訴外組合が反訴原告に対して有していた別紙物件目録(三)ないし(六)記載の不動産上の抵当権を行うことができるのである。従って反訴原告は反訴被告に対し、その弁済した元利合計金八〇五万一五四七円の二分の一である金四〇二万五七七三円の弁済をなすべき義務を免れず、その弁済を受けるまでは前記抵当権行使の必要上、前記登記済証の返還には応じられないとする反訴被告の主張は正当である。

ここで反訴被告は、反訴原告に対する右求償債権と長松の相続財産管理人として遺産中から反訴原告への配分額を弁済すべき債務との相殺計算を主張するので、右配分額を算出するために反訴被告主張の計算書(一)を検討するに、1の資産の部分については≪証拠省略≫によって、また2の負債のうち①の訴外栗原司行に対する債務については≪証拠省略≫によって、③の訴外組合に対する債務については≪証拠省略≫によって、それぞれ反訴被告の主張通りであることが認められ、また④の訴外野田高行に対する債務については≪証拠省略≫によって、⑤の反訴被告に対する債務のうち(ハ)の税金立替分については≪証拠省略≫によって、それぞれ認められる金額を下回る金額が主張されていることとなるのであるから、以上の諸口については、以下いずれも反訴被告主張の金額に基いて論じてゆくこととする。

更に、⑤の反訴被告の債権のうち、(イ)の訴外榎本庄作に対する代位弁済によって取得した求償債権については≪証拠省略≫によってその主張通りの債権の存在を認めることができるが、(ロ)の金二〇〇万円の貸付金債権については、≪証拠省略≫によって、長松が昭和四六年一〇月八日、反訴被告名義の預金中から金二〇〇万円の払戻を受けて費消した事実が認められるものの、更に≪証拠省略≫によれば、長松が生きていた頃は長松が右預金の出入の一切を担当して事業資金、営業収益等を自由に出し入れしていたことが認められるから、右預金はその通帳の名義に拘らず、長松及び反訴被告両名のものと解するのが相当であり、従って長松の前記二〇〇万円の引出を反訴被告の長松に対する貸付と同視することはできない。

そこで、残る②の反訴原告の債権について検討するに、≪証拠省略≫によれば、反訴原告は長松に対してその主張通り、本件公正証書に基く債権の他に貸金債権三口、求償債権一口を有していてその合計額が金二三三一万円に達していたことを認めることができ、また長松の相続財産管理人であった反訴被告が右相続の際に本件公正証書に基づく債権と共に右各債権の存在を知っていたと見るべきことは前示(第一の一の3)認定の通りである。してみれば反訴原告のこれらの債権も長松の相続にあたって除斥されることはなく、すべて債権として計上されるものであるから、反訴被告主張の計算書(一)の内容には右の通りの誤りがあり、長松の資産中から反訴原告に配分されるべき金額については改めて計算し直さねばならないことになる。而してその結果は別紙計算表(二)記載の通りであって結局反訴原告が受取るべき金額は金四五五万六三四六円となる次第である。即ち反訴被告は長松の相続財産管理人として相続財産中から反訴原告に弁済すべき債務と前記求償債権との差引計算を主張するのであるが、右に見た通り、右反訴原告が反訴被告からの求償に応ずべき部分については既にその全額が長松の遺産中から配分を受けるべき金額によって償われていることになる。してみれば反訴被告は、もはや前記登記済証の引渡を拒むことは許されず、直ちにこれを反訴原告に返還せねばならない筋合である。

もっとも以上に見た通り、反訴原告としては長松に対する債権のうちその遺産中から計算上回収できるのは四五五万円余と全体の二割七分程度に過ぎず、また訴外組合に対する長松の前記債務につき相保証人反訴被告から求償を受けた部分については、本来は当然主債務者である長松に対して改めて求償できるものであるところ、長松は既に死亡し、かつその相続人が限定承認をしているためにもはや回収できないという状態になっているわけであるが、他人の債務を保証した以上かかる事態はあり得ることであり、已むを得ないものという他はない。

第三結論

以不説示の事実及び判断によれば、本訴請求のうち原告田中よしを除くその余の原告らが長松の相続財産を超える部分について本件公正証書の執行力の排除を求める部分及び反訴請求についてはいずれも理由があるからこれを正当として認容し、本訴請求中のその余の部分は理由がないからこれを失当として棄却し、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条第一項を、強制執行停止決定の取消及びその仮執行宣言については同法第五六〇条、第五四五条、第五四八条を各適用することとして、主文の通り判決する。なお不動産登記済証の引渡を求める部分については、仮執行の宣言を附するのを相当でないと認めてその申立を却下する。

(裁判長裁判官 倉田卓次 裁判官 井筒宏成 西野喜一)

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